「SNSを始めたいのに、社内の稟議が通らない」。担当者から、よくいただく相談です。決裁者は、SNSが好きか嫌いかではなく、「いくら使い、誰が動き、何が起きたら続けるか・やめるか」が分からないものには判を押しにくいものです。熱意よりも、判断に必要な材料がそろっているかどうかが分かれ目になります。
この記事では、当社が勧める稟議書の書き方の一例として、目的・KPI・体制・費用・リスク・撤退基準の6項目を、記入例つきで整理します。費用の相場や成果の数字は会社ごとに大きく違うため、ここでは金額や「◯%向上」といった数字は載せません。数字は自社の実績や見積もりで埋めてください。法令に触れる部分だけは、公式の原文で確認できた範囲を出典つきで書いています。
この記事の3行まとめ
① 稟議は「やりたい理由」ではなく、決裁者が判断するための材料(目的・KPI・体制・費用・リスク・撤退基準)の一覧表
② 数字は自社の実績・見積もりで入れる。分からない項目は空欄にせず「いつまでに誰が調べるか」を書く
③ 法令リスクは公式の資料で裏づけ、個別の判断は専門家に確認すると明記する
稟議書の構成:6項目を1枚にまとめる(当社が勧める一例)
稟議書の書式は会社によって決まっていることが多いので、以下は「添付資料に入れる中身」の一例です。A4で1〜2枚に収まる量を目安にすると、決裁者が読み切りやすくなります。
| 項目 | 書く内容 | 記入例(イメージ) |
|---|---|---|
| ① 目的 | SNSで何を解決したいか。事業の課題から書く | 「新規の問い合わせ経路が紹介に偏っているため、検索以外の接点を増やす」 |
| ② KPI | 期間と、数えられる指標。現状値も添える | 「半年後までに、プロフィールからの問い合わせ導線のクリック数を毎月記録し、前月比で見る」 |
| ③ 体制 | 担当者・確認者・承認者、月あたりの作業時間 | 「作成:担当A/確認:課長/承認:部長。月の作業時間は事前に計測して記載」 |
| ④ 費用 | 社内工数、外注費、広告費、ツール費を分けて見積もる | 見積書を添付。分からない項目は「◯月◯日までに2社から見積取得」 |
| ⑤ リスク | 炎上・法令・情報管理と、その予防策 | ガイドライン作成、投稿前チェック、承認フロー、問い合わせ窓口 |
| ⑥ 撤退基準 | 続ける・直す・やめるの判断基準と見直し日 | 「3か月ごとに数値を確認し、基準未満なら投稿テーマを変えて再評価。その次も未達ならやめる」 |
最後の「撤退基準」は、書くのを嫌がられがちですが、決裁者にとっては安心材料になります。「失敗したら止められる」と分かると、小さく始める案が通りやすくなる傾向があります(当社の経験則であり、効果を保証するものではありません)。
①②目的とKPI:「フォロワー数」だけで終わらせない
目的が「認知」「問い合わせ」「採用」のどれなのかで、見る数字は変わります。フォロワー数は分かりやすい一方、事業の成果につながらないこともあるため、目的に近い指標を1〜2個選びます。選び方はSNS運用のKPI設定完全ガイド、数字の取り方はSNS効果測定の方法を参考にしてください。
- 現状値を先に書く:今の問い合わせ数や、サイトへのアクセス経路など、すでに分かる数字を載せます。
- 目標値は「根拠つきの仮置き」:他社の事例の数字をそのまま使うのは避け、「初回は計測が目的で、3か月分のデータをもとに目標値を決め直す」という書き方も一例です。
- 報告の頻度と様式を約束する:月1回、1枚のレポートで報告するなど、決裁者が見る機会を先に決めておきます。
③④体制と費用:社内の時間も費用に入れる
SNSの費用は、外注費や広告費だけではありません。担当者の作業時間(人件費)も費用です。社内で運用するか、外部に任せるかで、費用の構成も、必要な管理も変わります。費用の考え方はSNS運用の費用と内訳、内製と外注の判断はSNS運用の内製と外注の判断基準で整理しています。
- 費用は4つに分ける:社内工数、外注費、広告費、ツール・素材費。相場は会社や内容で大きく違うため、稟議には相場ではなく自社が取った見積もりを使います。
- 外注するなら管理の役割も書く:消費者庁の指針は、表示の作成を他の事業者に委ねる場合、その事業者に対しても、景品表示法の考え方の周知・啓発や、法令遵守の方針・手順の明確化を行うことを求めています(出典:表示等の管理上の措置の指針)。外注先任せにせず、自社側の確認者を決めておきます。
- 担当者を一人にしない:休職や異動で止まらないよう、副担当を決め、引き継ぎ用の資料を作る前提で時間を見込みます。
⑤リスク欄に書くこと:公式の資料で裏づける
「炎上が心配」と漠然と書くより、起こり得ることと予防策を対応させると、決裁者の不安に答えられます。次の3つは、SNS運用で法令に関わりやすい論点です。いずれも原文で確認できた範囲の紹介で、個別の判断は専門家や所管窓口に確認してください。
| 論点 | 公式資料で確認できること | 稟議書への書き方(一例) |
|---|---|---|
| 広告表示(ステマ) | 令和5年10月1日から、広告であるのに広告であることを隠す「ステルスマーケティング」は景品表示法違反。SNS投稿も対象で、規制対象は広告主(事業者)。違反した場合は措置命令などが行われる(出典:消費者庁(ステルスマーケティング)、消費者庁(ステマQ&A)) | 「広告・PRである投稿は、その旨が分かる表記を付ける」を運用ルールに入れる |
| 表示の管理体制 | 景品表示法第22条は、事業者に、自社の商品・サービスの表示を適正に管理するために必要な体制の整備その他の必要な措置を求めている。指針では、表示等の管理担当者を定めること、中小企業では代表者を担当者とすることも可能、専任でなくてもよいとされる(出典:景品表示法第22条、表示等の管理上の措置の指針) | 「表示の確認者を決める。専任ではなく兼任で運用する」と体制欄に書く |
| 個人情報 | 個人情報を取得した場合は、あらかじめ利用目的を公表している場合を除き、速やかに本人に通知または公表することが必要(出典:個人情報保護法第21条) | キャンペーンで応募情報を集める場合は、利用目的の表示を準備する |
著作権についても、文化庁は、SNSへの投稿は「一般への公開」であり、他人の作品をネットに載せる場合は原則として権利者の許可が必要だと説明しています(出典:文化庁)。素材は自社撮影か、利用条件を確認できるものに限る、といった一文をリスク欄に入れておくと安心材料になります。炎上時の動き方は、社内ルールとして別紙にまとめておくと、稟議書本体が長くなりません。
⑥撤退基準と見直しの時期:続ける・直す・やめるを先に決める
撤退基準は「いつ、何を見て、誰が決めるか」の3点を決めれば書けます。以下は当社が勧める書き方の一例で、数字は自社の目標に合わせて決めてください。
- 見直し日を最初に置く:例として、開始から3か月後に第1回の見直しをカレンダーに入れる。
- 判断の材料を先に決める:KPIの推移に加え、作業時間が見積もりの範囲に収まっているか、炎上や苦情がなかったかも見る。
- 3つの結論を用意する:継続/内容を変えて継続/中止。どの条件でどれにするかを、稟議の段階で決裁者と共有する。
- 中止時の後始末も書く:アカウントの扱い(凍結する、削除する、更新停止の告知を出す)と、収集した情報の取り扱い。
見直し結果は、月次のレポートと同じ様式で報告すると手間が増えません。レポートの作り方は、当サイトの「SNSレポートの作り方」の記事をご覧ください。
決裁者の質問と答え方の例
| 想定される質問 | 答え方の例 |
|---|---|
| なぜ今やるのか | 「事業の課題(目的欄)に対して、現状の経路だけでは足りないため」と、現状値とセットで答える |
| 他社はやっているのか | 他社の運用を見る場合は、公開されている情報の範囲で。数字を推測で埋めない |
| 失敗したらどうなるのか | 撤退基準と、炎上時の連絡先・初動の手順(別紙)を示す |
| 誰が責任を持つのか | 承認者と、表示の確認者を明記する。投稿の最終責任は会社にあることを前提にルールを作る |
よくある失敗
- 成功事例の数字だけで説得する:他社の数字は自社に当てはまるとは限りません。自社の現状値と、試行で得る数字を軸にします。
- 費用が「月◯万円」の一行だけ:内訳(社内工数・外注・広告・ツール)がないと、増額の相談が出たときに判断できません。
- リスク欄が空、または「注意する」だけ:何を、誰が、いつ確認するかまで書きます。
- 承認後に書類が止まる:決裁の後、運用ルールとアカウント管理の責任者が決まっていないと、開始後に問題が出ます。
よくある質問(Q&A)
Q. SNSをよく知らない決裁者には、どう説明すればよいですか?
A. 専門用語を減らし、稟議の6項目に沿って「目的・やること・費用・やめる条件」を順に説明します。SNSの仕組みの説明は最小限にし、自社の課題との対応を中心に話すと伝わりやすくなります。
Q. 社内にSNSの実績がなく、目標の数字が出せません。
A. 最初の試行期間を「計測のための期間」と位置づけ、見る指標と記録方法だけを決める案もあります。試行後に、実績をもとに目標値を決め直す前提で、見直し日を稟議に書いておきます。
Q. 法令面は、どこまで稟議書に書くべきですか?
A. 公式の資料で確認できる範囲(広告表記、表示の管理体制、個人情報、著作権)を、運用ルールとして1行ずつ書く程度で十分です。個別の投稿や企画が適法かどうかは、弁護士や所管の窓口に確認してください。
まとめ
稟議書は、目的・KPI・体制・費用・リスク・撤退基準の6項目をそろえ、決裁者が「判断できる」状態にする書類です。相場や他社の数字に頼らず、自社の現状値と見積もりで書き、法令に触れる点は公式の資料で裏づけましょう。
まず今週、①現状値(今の問い合わせ数や経路)を調べ、②見直し日を決める、の2つから始めてみてください。

