製造業の強みは「技術」や「工程」といった専門的なもので、「SNSは一般向けの話で、うちには関係ない」と思われがちです。しかし、まだ取引のない企業の調達・設計担当者や、将来の応募者に、自社の仕事ぶりを知ってもらう場としてSNSを使う会社はあります。展示会や紹介だけに頼らず、「この会社は何ができるのか」を見てもらえる状態をつくる、というのが基本の考え方です。
ただし製造業のSNSには注意点があります。工場の写真や動画には営業秘密や取引先情報、従業員の顔が写り込むことがあり、採用の投稿には募集情報の表示ルールもあります。この記事では、工程の見せ方、公開範囲の線引き、展示会との連動、採用、取引先名・ロゴの扱いを整理します。法令・ガイドライン・各SNSの仕様は公式の原文で確認できた範囲を書き、運用のコツは「例」と明記します。
この記事の3行まとめ
① 完成品だけでなく、「どう作り、どう確かめているか」という工程と考え方を見せる
② 公開前に「営業秘密か」「取引先との契約に触れないか」「人が写っていないか」を確認する仕組みを先に作る
③ 採用の投稿は、募集主の名称・住所・連絡先・業務内容・就業場所・賃金の6項目の表示が必要
製造業のSNS:目的を3つに分けて考える
目的が混ざると投稿が「何でも載せる社内報」になりがちです。主役を先に決めましょう(分け方は一般的な考え方の例です)。
| 目的 | 主な読み手 | 使うSNSの例 | 見せるものの例 |
|---|---|---|---|
| 引き合いの獲得 | 調達・設計・開発の担当者 | LinkedIn、YouTube、X | 加工事例、品質管理の工夫 |
| 採用 | 学生、転職を考える技術者 | Instagram、YouTube、LinkedIn | 仕事の流れ、先輩社員の声、職場の雰囲気 |
| 信頼の積み上げ | 既存取引先、金融機関、地域 | LinkedIn、Facebook、X | 展示会への出展、認証取得、設備投資 |
SNSの選び方はBtoB企業向けSNS選定ガイド、導線の全体像はBtoB SNSマーケティング完全ガイドを参照してください。
技術・工程の見せ方:専門用語を「判断材料」に変える
設計や調達の担当者は、依頼の前に「この会社で大丈夫か」を調べます。製品写真だけでは判断できないため、次のような見せ方が考えられます(例)。
| 見せ方 | 内容の例 | 気をつけること |
|---|---|---|
| 加工・検査の様子(動画・写真) | 機械が動く様子、測定の場面、検査の手順の一部 | 設定値や図面、顧客名が画面・書類に写り込まないようにする |
| 「困りごと→解決」の事例 | 難しい形状や材質の依頼に、どう対応したかの流れ | 取引先名や数値は許諾の範囲で。具体的な条件は丸める |
| 用語・考え方の解説 | 公差、表面処理、材料選定の基本をやさしく説明 | 核心のノウハウは書かず、一般に知られた範囲にとどめる |
| 設備・人の紹介 | 新設備の導入、担当者の仕事観 | 本人の同意を得る。名札や入館証の写り込みに注意 |
投稿の本数は自社で無理のない数を決めましょう(公式の推奨値はありません)。成果の測り方はSNS運用のKPI設定完全ガイドが参考になります。
公開してよい範囲の線引き:営業秘密と取引先情報
最も慎重になるべき点です。不正競争防止法は、「営業秘密」を、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものと定義しています。(出典:不正競争防止法第2条第6項)
経済産業省の「営業秘密管理指針」は、この定義を「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の三要件に整理し、すべてを満たすことが法に基づく保護を受けるために必要と説明しています。(出典:経済産業省「営業秘密管理指針」(令和7年3月31日改訂))なお同指針は法的拘束力を持たず、個別の事案は最終的に裁判所が判断すると明記しています。
①「公然と知られていない」状態を自分で崩さない
指針は、非公知性を「一般的に知られた状態になっていない、または容易に知ることができない状態」とし、合理的な努力の範囲で入手できる刊行物に載っていないことなどを挙げています。SNSで工程の詳細や条件を公開すれば、この状態ではなくなると考えられます(筆者の解釈。個別の判断は専門家へ)。また指針は、誰でもごく簡単に製品を解析して営業秘密を取得できる場合は、市販によって非公知性を喪失すると考えられる一方、特殊な技術と相当な期間が必要な場合は直ちには失われないとしています。製品の細部をどこまで見せるかも、この観点で考えましょう。
②工場・設備の撮影は「物件」としての管理も
指針は、製造機械や金型、試作品など物件に営業秘密が化体している場合の管理措置の例として、「関係者以外立入禁止」の貼り紙、部外者の立入制限、写真撮影禁止の貼り紙などを挙げています。SNS用の撮影を始めるなら、撮影してよいエリアと、してはならない設備・工程を分け、従業員に分かる形で示すことが社内ルールの出発点になります(必要な措置は企業の規模や情報の性質で異なります)。
③取引先と共有した情報は、契約の範囲を確認する
指針は、別の法人に営業秘密を開示する場合の例として、営業秘密を特定した秘密保持契約(NDA)の締結を挙げています。取引先から預かった図面や仕様、取引条件は、載せる前にNDAや取引基本契約で公表が制限されていないか確認してください。
公開前の確認手順の例です。
- 作成者が写り込み(図面、画面、書類、顧客名、人の顔)を自分で確認する
- 責任者が、営業秘密・取引先情報でないか確認する
- 迷う投稿は公開しないか、専門家(弁理士・弁護士など)に相談する
- 公開後に問題が見つかったときの対応手順を決めておく
展示会と連動させる(例)
会期が終わると接点が途切れがちな展示会を、SNSでつなぐ例です。
- 会期前:出展情報と展示テーマを投稿。LinkedInでは、イベントを「対面(In person)」で作成し会場と日時を載せられます(出典:LinkedInヘルプ(イベントの作成))
- 会期中:ブースの様子や説明の要点を投稿。展示物の撮影可否は先に決めておく
- 会期後:御礼と、質問が多かった点の解説を投稿し、問い合わせ先へ誘導する
LinkedInのイベントを企業ページで作る場合は登録フォームを使え、その際はプライバシーポリシーのリンクが必要です。(出典:LinkedInヘルプ(イベントの作成))名刺の連絡先へ広告・宣伝のメールを送る場合は、特定電子メール法の対象になり得ます。同法第3条は、事前に同意した人、省令に沿ってアドレスを通知した人、取引関係にある人などを除き、送信を制限しています。(出典:特定電子メール法第3条)どこまで送れるかは条文と省令の要件で決まるため、専門家か所管窓口に確認してください。個人情報は、利用目的をできる限り特定し、取得時に本人へ通知または公表することも必要です。(出典:個人情報保護法第17条・第21条)
採用:職場の発信と、募集情報の表示ルール
現場の仕事は外から見えにくく、応募者に伝わりにくい面があります。仕事の流れ、先輩社員の声、職場の雰囲気を動画や写真で見せるのは有効な手段になり得ます(効果は会社次第です)。社員を登場させる場合は本人の同意を得ましょう。個人情報保護法は、氏名などで特定の個人を識別できる情報を「個人情報」と定義しています。(出典:個人情報保護法第2条)
見落とされやすいのが募集情報の表示です。職業安定法は、広告等で労働者の募集に関する情報を提供する際、虚偽の表示や誤解を生じさせる表示をしてはならず、募集を行う者は、募集情報を正確かつ最新に保たなければならないと定めています。(出典:職業安定法第5条の4)厚生労働省は、インターネットやXなどのSNSを含む広告等で募集する場合、募集主の氏名(名称)・住所・連絡先・業務内容・就業場所・賃金を表示するよう周知しています。(出典:厚生労働省「労働者の募集広告の表示について」)
リーフレットでは、連絡先は電話番号・メールアドレス・自社サイトの専用問い合わせフォームのリンクのいずれかが必要なこと、募集要項へのリンクだけでは誤解を招く可能性があり、広告等自体に6項目を記載する必要があることが示されています。(出典:厚生労働省・都道府県労働局のリーフレット)6項目を入れた投稿テンプレートを作ると漏れを防げます。個別の判断は都道府県労働局など所管窓口へ。
LinkedInの採用向けキャリアページ(Career Page)は、公式ヘルプによるとライセンスの購入が必要で、会社ページが前提です。(出典:LinkedInヘルプ(ページの種類))製品ページや企業リスト広告などの機能はLinkedInビジネス活用で整理しています。
取引先の名称・ロゴ・事例の載せ方
取引先の名前やロゴは、勝手に載せてよいとは限りません。次の点を決めておくと安心です(運用上の例です)。
- 契約の確認:取引基本契約やNDAに、取引の公表を制限する定めがないか
- 事前の承諾:社名、ロゴ、担当者の氏名・写真・コメント、数値を分けて確認し、記録を残す
- 範囲と期間:載せる場所と、取り下げ依頼への対応手順を決める
特許庁は、商標には文字・図形・記号などのタイプがあり、事業者が自社の商品・サービスを他社と区別するために使うマークだと説明しています。(出典:特許庁「商標制度の概要」)取引先のロゴは、許諾を取って使うのが安全です。文化庁も、SNSへの投稿は「一般への公開」で、他人の作品をネットに載せるには原則として権利者の許可が必要と説明しています。(出典:文化庁)
製造業のSNSのよくある失敗
| 失敗例 | 対処 |
|---|---|
| 公開後に、図面や画面の写り込みに気づいた | 撮影前にエリアを決め、公開前チェックを入れる |
| 完成品の写真ばかりで強みが伝わらない | 工程と「困りごと→解決」の事例を加える |
| 取引先名やロゴを確認せず載せた | 契約の確認と、範囲別の事前承諾を取る |
| 採用投稿に連絡先や賃金がない | 6項目入りのテンプレートを作る |
よくある質問(Q&A)
Q. 技術の説明は、どこまで公開してよいですか?
A. 一律の基準はありません。営業秘密は、秘密として管理され、公然と知られていない情報であることが要件です。公開すれば公然と知られる状態になり得るため、核心部分は載せず、一般に知られた範囲の解説にとどめるのが安全です。迷う場合は専門家へ。(出典:不正競争防止法第2条第6項、経済産業省「営業秘密管理指針」(令和7年3月31日改訂))
Q. 現場の社員を登場させるとき、何に気をつければよいですか?
A. 本人の同意を得て、顔や氏名の扱いを決めましょう。個人を識別できる情報は個人情報にあたります。入館証や名札、書類の写り込みにも注意してください。(出典:個人情報保護法第2条)
Q. 採用の投稿に必ず書くべきことはありますか?
A. 厚生労働省は、SNSを含む広告等で募集する際は、募集主の氏名(名称)・住所・連絡先・業務内容・就業場所・賃金の表示を周知しています。個別の判断は都道府県労働局へ。(出典:厚生労働省「労働者の募集広告の表示について」、厚生労働省・都道府県労働局のリーフレット)
まとめ
製造業のSNSは、完成品だけでなく工程や考え方を見せ、引き合い・採用・信頼の3つの目的を分けて設計するのが基本です。そのうえで、営業秘密・取引先情報・個人情報の写り込みを防ぐ公開前のチェック、展示会との連動、採用投稿の6項目の表示、取引先の事前承諾を、先に仕組みにしておきましょう。
最初の一歩は、「撮影してよいエリアと、してはならない設備・工程」を社内で書き出すことです。

